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#19 月はいつでも夜の女王。 [リレー小説「はんなり」]

波の音が遠くに聴こえる。
いまは引き潮なのか、昨日の夜より、海が遠くにあるように感じる。

ベッドから起き上がり窓辺へ行く。

「月明かりに照らされるのが好き。」

彼女の希望でレースのカーテンだけにしておいた窓辺から外を眺める。
空と海の境目が少しずつあらわになり、新しい朝の光がはじまるのがわかる。

波打ち際からそれほど離れていない、砂浜とほぼ平行に一艘の船が煌々とあかりを灯して進んでいく。

空には雲が増えてきた。
横にゆっくり流れる雲の間を鳥が何羽も横切って行く。

空の色が濃い灰色から少しずつ蒼くなり、まもなく夜が明ける。

窓辺にもたれて部屋を眺める。

昨夜の喧騒の跡がそこにある。

彼女のお気に入りのデリカテッセンで買ってきた惣菜の包み紙。
水割り用のカットグラスで飲んだムートン・ロートシルト。
転がったボトルのラベルはジョン・ヒューストンが描いている。

毎日、昨日と断絶した朝がはじまるわけじゃない。


「女の賢者タイムは男のそれより後に来て、そして長いのよ。」

二度目が終わった後、うつ伏せにタバコに火をつけながら佳代子先輩が言ったのを思い出す。

「長いんですか? どのくらい?」
「寝た男の誠意を感じるまでよ。」
「。。。。。」
「野暮なこと訊かないでね、それが女ってものなの。」
「厄介ですね。」
「そうよ、女はとても厄介よ。」
「誠意ですか。」
「安心していいわよ。相手が自分に夢中だと信じている限り、優しく、サービス満点でもあるの。」
「どの女でも?」
「さあ、どおかしら?」

未だ、ベッドでイルカのように寝息を立てている佳代子先輩の顔を眺めた。
多分、起きたらシャワーへ行くだろう、行かなかったら、もう一度抱いてでもシャワーへ行ってもらいたい。
その間に奈津美にメールをしよう。

彼女に誠意を感じてもらうために。

いま、俺は、氷結した情熱に走り、流され、盲走し始めている。
考えると、深い井戸に潜り込み、鳥の影にも怯えるのがわかる。
だから、考えるのはやめよう。

「その考えという淡い顔料で青白い病人のようになってしまう。」、
そう声に出して言った途端、先輩の声が聞こえた。

「それってバイロン?」

「おはようございます。シェイクスピアですよ。」






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#18 A Perfect Moment [リレー小説「はんなり」]

手をつないで戻ったホテルで、奈津美とまたキスをした。
閉じたドアを背にして、長い、奈津美しかいないキス。
黙っていると波の音が聞こえて、オフィスで出会った奈津美と、
何だか遠くに、ここまで、来たんだなあと思う。
・・・・まあ、クルマですぐなんだけど。



奈津美の、細い、彼女の知性を示すように少し堅い腰をつかみながらキスをしていると、
奈津美が両足を合わせながらむずむず動かしている。それにあわせて時々唇が離れる。
いぶかって足元を見ると、奈津美は笑いをかみながら、


「実はね、」という。少し考えて、


「指の間に入った砂って、世界で一番気持ち悪いよね、」
と言うが早いか、鞄からポーチをひったくって、シャワーへ消えた。



残されたまま、テレビをつけるのも悪いような気がして、閉めてあったカーテンを開けた。

相変わらず空は曇っていて、それでもその色から、夕日が海へかえろうとしているのが分かった。
印象的な色だ、と思った。分かりやすい、記号的な景色はなくて、複雑な、
今日一回きりに思えるような色だけがあった。それが嬉しかった。


「何してたの?」


あがってきた奈津美のデコルテが、また自分をかたくするのが分かった。
さっきより薄着になった、奈津美の長い、白い腕と脚が、
あっという間に言葉と表情のマニピュレーションを奪っていった。

「天候をね、観察してた。」

奈津美の表情が、江ノ電のあの、不思議そうな笑顔に戻っていく。

「緊張している」という情けない事実を突き付けられて、男はますます訳の分からないことを、喋る。

「観察っていうかね、監視というか。急変してさ、
これから行くカップルだけばっちり砂浜でサンセットなんて、ずるいじゃんって。」


自分の口から、こんなにも思ってもない事を言う日が来るとは・・・



奈津美は笑いながら静かにそれをきいて、確かめるように窓辺へ近付いた。
曇り空の弱い光が奈津美の形を縁どって、不思議なほどの存在感を、まっすぐ僕へ投げた。

しばらく何か考えるように外を見たあと、
今度はいたずらっぽくこちらを振り返って、
楽しそうに笑みを深めると、


「窓がいけないのかも。」


と後ろ手に勢いよくカーテンを引いた。

部屋がすっと暗くなって、奈津美がベッドに腰掛けた僕の上に飛び込んできた。


薄暗い、お互いの表情がひそひそ話するような部屋の中で、笑顔だった奈津美が、急に目をつむった。
自分に身をゆだねている、のが分かった。それが必要な事だから、
いとも簡単にそうできる奈津美の勇敢さが、いつものように僕を驚かせた。



戻ってきたときの続きのようなキスを終えると、奈津美のキャミソールを取った。
細身の上に、やわらかい、形の良い胸が現れる。




感動するヒマもないのが、セックスの難点だと思う。



今までに、「想像した通りの胸」って、ひとつも見た事がない。


顔や肉付きのイメージから、あんなにも想像力を掻き立てて止まない胸の、
この毎回の言葉にならない、否応もなさ。


彼女にまつわる、一切の想像がそこで中断されて、「あっ」と言う間に、存在が確定してしまう感じ。


こんな事の一切を味わっているヒマもないのが、セックスの一つの難点だと思う。



でも、先へ進もう。



胸や、肩や、耳や、奈津美の隅々に触れながら、いつの間にか二人が裸になると、
急にせっかちになったように奈津美が、下から抱いていた僕の肩をぐっと何度も引き寄せた。



ゆっくりと彼女の中へ入っていく。


奈津美の、全身で押さえた声が、なぜか懐かしく感じて、ついさっき砂浜で、
時間が止まったように見えた、裸足の奈津美を思い出していた。

身体がぴったり重なって、奈津美の顔が見えなくなると、
砂浜でキスをした奈津美の優しい笑顔が浮かんでくる。

いま、どこで何をしてるのか忘れてしまうほど、印象的な瞬間だった。
本当に時間が止まったように。


それが、これから自分が誰といればいいか、の答えのように思えた。

力が抜けて、奈津美の上に身をもたせかけた。
両腕が、やわらかく背中にまわってくる。
奈津美を見ると、目をつむったまま、優しく笑っているように見えた。
短くキスをすると、目が開いて、大きい瞳があらわれた。
キスをした。そんな事を、何度か繰り返した。


「ね、海が見たい。」


ベッドを立つ許しを請うように、奈津美に言った。
あの空の色がもう一度見たかった。
優しい笑みが返ってきた。奈津美も身を起してベッドに腰掛けた。


カーテンを引くと、同時にはっと、沈黙した。



窓の外は想像もつかないほど闇だった。
もう夜なのだった。


奈津美と顔を見合わせて、二人して驚いているのに、笑った。
当たり前だもん、考えたら。


窓を開けて、ベランダへ出てみた。
風が少しだけ濡れていた。波の音が繰り返している。



いつの間にか奈津美が背後から隣へきて、頭をもたせてくる。

星のない、しめった夜の下で、もう一度奈津美とキスをした。





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VOICE OVER (画面外の語り) [リレー小説「はんなり」]

このリレー小説 はんなりですが、
前回の “#17 Never to go on trips with anyone you do not love.”
まで来るのに約一年かかっています。

前口上で記したように書き手が二人いるのですが、
一方の書き手がどうも書けなくなっているみたいです。

すでにお気づきのように俺と奈津美、二人のペースで少しずつ親密度が増してきていて、
どうやら、そろそろ、ラブシーンという展開になりそうです。
それも書けない理由の一つかもしれません。

これを書き始めた理由は一人の書き手のきっかけをつくれればということでした。

大学で経済を学び、就職は誰もが聞いたことのある企業に決まり、
案ずることなどなにもないのに「どうすればいいのかわからなくて不安」と彼は言いました。

失礼ながら鼻で笑いました、あえて。

海のど真ん中で嵐に遭遇し、木っ端一つに掴まり助けを求めているのならともかく、
立てる深さの温水プールに漂っているだけでなにをほざいているんだと思いました。

もちろん、彼の視点に立てば言わんとしていることはわかります、
それはかつて自分が経験してきたことだから。

だからといって、手を引き、背中を押してコーチングということは自分じゃなくてもできます。
彼にとっての自分の存在価値があるとすれば、冷たく突き放すことでした。

だから言いました、言葉も通じない、文化もまるで違う、
明日の飯も、今夜の寝床もどうなるかわからないところへしばらく行ってみたらと。

本当に行っちゃったのかもしれませんし、あるいは部屋で膝を抱えているのかもしれません。
もしかしたら天真爛漫に女の子と天上の音楽を聴いているのかもしれませんが。

森鴎外のように書きたい、彼の今の目標はそこです。

何かがそれなりに出来るようになった方ならご周知のように、
研鑽を積み、切磋琢磨していくと、超えなければならない自分自身を見つけます。

一番甘やかすことができて、一番嘘のつけない、とても厄介な相手です。

お見受けする限り、彼はそこに近づいていると感じます。
このハードルを超えたら、次の地平が見えてきます。

ですが、たぶん、自分にできるのはそこまでです、残念ですが。

長くなりました。なので彼が書けるようになるのをお待ちください。

Google Analyticsに依るとこれをご覧いただいているのは女性の方が多いようです。
ありがたいことです。

Google Analytics


代わりと言ってはなんですが、自分が以前、筆の勢いに任せて綴ったものをしばらく連載します。
タイトルは “Time Enough for Love ” といいます、愛に時間を、という意味になると思います。





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#17 Never to go on trips with anyone you do not love. [リレー小説「はんなり」]

裸足の奈津美が、砂の上に脱いだ白いコンバースへと帰っていく。

ゆらゆらと。まるでそこから躍り出た光のように。


くくり髪の奈津美の背中と、海岸線の小さな家々。

海も空もにび色の景色は、同じ色の風の中で奈津美が笑ったとき、時間が止まって見えた。

奈津美を中心に、自分と海とがぐるりと彼女を抱いていた。

少しだけ走って奈津美に追いつくと、やわらかく固まった砂の上を、手をつないで歩いた。

一度だけ短いキスをした。何も考えずに。満ち足りた気持ちが先立つまま。




・・・海はすごい。晴れても、たとえくもりでも。

並んで座った途端、ウソみたいにぎこちなくなる。何なんですかね、これ。



奈津美がひとり言のように、目に映るものを次々話題にしていく。


「ね、あれ見て。しらすとるのかな?」

「本当だ。しらすかもしれないね。可能性はある」

「海辺の家って憧れるなー。潮風でやられるっていうけど」

「うん、潮風だね、やられるとしたら。潮風が問題。」



奈津美の不思議そうな笑みは、下車まで途切れなかった。



電車を降りると、空はまた少し重みを増していた。

知らない家のガレージに、大きなクレマチスが垂れている。

それを指さそうとした手を、不意に早足になった奈津美が、いたずらぽく笑いながら、引く。




「ね、はやく戻ろ。」






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#16 冷たくなくてやわらかい、奈津美の唇はとてもなめらか。 [リレー小説「はんなり」]

車窓に映った奈津美の笑顔。

自分にとっては遥かなる旅をしても観に行く価値のある、笑顔だ。

ぎこちなく握った手を奈津美は躊躇することなく握り返してきた。

そして。

「ちゃんとしたいんだって、言ってた。」
「うん。」
「約束守って。」
「もちろん。」

とは言ってみたものの。

手を握っただけで、まだ、キスもしてないんですけど、ボクタチ。

奈津美って、いや、こういう時の女って度胸あるよなぁ、違う星の生き物だね、これは。
いやいやいや、などと、感心している場合ではないのだ。

ちゃんとするっていうことはですね、まず、きちんとした手順を踏んで、
えっと、だから、いまは手を握っています、
だから、、、、次は、手をつないで海辺でも歩いて、み・ま・す?

「ここで降りよ。」

頭のなかでグルグルと湧き上がる欲望と葛藤の渦の中にいた俺は奈津美の一言で我に返った。

「だね。」

七里ヶ浜で降りると、そのまま海辺へと向かう。手をつないで。

コンクリートの壁を過ぎると、すぐに砂浜。

奈津美は、白いスリップオンタイプのコンバースを脱ぎ、波打ち際まで走って行く。

奈津美のスニーカーを濡れないようにコンクリートウォールの上に載せると、
自分も靴を脱いで奈津美のスニーカーの隣に並べた。

白地に空色のラインが入ったシャツにくすんだ白い麻のショートパンツを合わせている。
ブラジャーラインまである長い髪は無造作に見えるようにちょっと中心をずらして後ろで束ねている。
耳には紫色の石が入ったピアスがキラキラとしている。
念入りに施された化粧はほとんど素顔に見え、薄いそばかすが肌の透明感をより意識させる。
足には白のネイルをしている。

波と戯れる奈津美に近づき抱きしめた。


自分と奈津美の身長の差は10センチ程度。

自分の顔を見上げるように奈津美は首をぐっと後ろに反らした。

「好きだよ、ずっと前から。」
「あたしも、あなたのことが好き。」


奈津美の少し鳶色がかった瞳を覗きこむ。(吸い込まれそうだ)

見つめ返してきた。

しばらく見つめ合った。

そして。

初めてのキスをした。

やさしくて、穏やかで、なんの危険もない、
どこにいくあてもない口づけ、とは違う、
深くて長い、最初とは思えない、キスをした。






#15 À vitesse amoureause [リレー小説「はんなり」]

鈍色の雲が上にかかって、陽が近いせいか、それでも車窓から見る海は青い。

    

    

「車で隣に座るのと、ちがうね」

     



昼過ぎの江ノ電の、のんびりした横がけのシートから、奈津美が海側の景色を見ようと、首を見返る。
細くて、どちらかと言えば弱いところのないうなじが、なんだか急に、法外に「裸」に見えた。
      

「見づらくない?」

   

笑いながら言うと、ううん、なんか、楽しい、とこっちを見ずに言う。
くもりのせいで、昼でも窓ガラスに、半透明の奈津美が映る。

打ち合わせのときより、オフィスで見かけるより、
さっき、キンメダイを頬張っていたときよりまっすぐな、油断した笑顔。
    

    

奈津美が隙を見せると、いつも奈津美の、京都にいた、大学時代を想像してしまう。

何を食べて、何を考えながら眠ってたんだろう。

夏とか、どこで泳いでたんだろう?京都って海あるのか?神戸にはありそうだけど・・・

    



そういや昔、淡路島に旅行に行ったっけ。

関西のギャルが、夏はみんなあの島に押しかけて、ドーナツ化現象よろしく、
京阪神から人が消えるとかって、津田が言いだして。
   



犬とランニング着たおっさんしかいなかったなあ・・・

    

     

奈津美はまだ、車窓を見ている。
人のまばらな砂浜を見ているのが、硝子の中の、半透明の奈津美でわかる。

ねえ、どこで泳いでたのよ?
んでもってどんな水着でさ、先輩とか、男友達の輩とか、
水際に走っていく奈津美を・・・くそっ、ちくしょう、ちくしょう・・・
   

   

もちろん奈津美には何も聞こえないわけで。

いい加減景色、飽きないかね。

もしかしてずばり、思い出してるのかも。サークルの夏合宿とか。

   

奈津美にならって、海を見てみる。

やきもち、焼かなくなったって言ったら嘘なんだよなあ。

もうまぎれもないルーキーおじさんとなった今でも、やきもちは焼く。
奈津美の過去にだって。
   

   

でもなんだか薄まって、昔みたいに、背中が焼けるほど熱くなったり、しない。

しない分だけ、トイザらスで軽く迷子になったときみたいに、あわーく所在ない。

    

    

次の駅が近づいて、速度が落ちていく。

奈津美のシートについた手が、彼女の体重をささえて、柔らかくしずむ。

    

    



気が付くと・・・は嘘で、一瞬、「ここかなあ」っていうためらいで、ぎこちなくその手を握った。


少し雲が切れたのか、車窓の中で更に淡く、消えそうになった奈津美は、
俺の見間違いでなければ、やさしく笑っていた。





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#14 晴れのち雨、ホテルから寿司。 [リレー小説「はんなり」]

オペレーションオーヴァーロードの当日は雨だった。

何事も策を弄するとうまくいかないということだろう。

「雨、降ってきたみたい。」
「うん。」

朝、奈津美を迎えに行く時は晴れていたのたけど、首都高に乗り、湾岸線を抜け、
横横を通って逗葉新道に出るころから雲行きが怪しくなってきた。

も・じ・ど・お・り、雲行きがアヤシイ。

「万全の日焼け対策してきたのに。。。。」
「プランBにしよう。」
「そんなのあるの!」
「もっちろん、代理店営業を見くびってもらっては困りますな。」
「すごーい。」
「わはは。」

木造二階建てのホテルの駐車場にクルマを入れ、お茶の飲めるテラスに席をとった。
奈津美はロイヤルミルクティー、俺はコーヒーを貰った。

テラス席にほぼ並んで座り、ふたりとも海を見ながらのんびりと過ごした。

「こんなところよく知ってるね。」
「好きな作家がいるんだけど、その人の小説によく出てくるんだよね、ここ。」
「そうなんだ。」
「いつか誰かと来たいと思っていて、とっておいたんだ。」
「。。。」
「お腹空かない?」
「空きました。」

真夏とはいえ雨を含んだ潮風は冷たい。
その風を受けて奈津美の髪がそよぐ。
ショートパンツから伸びるスラリとした脚を足首のところで軽く重ねている。

「由比ヶ浜に寿司屋があるんだ。」
「お寿司?」
「うん。夫婦二人でやっているこじんまりした寿司屋でさ、鎌倉の小町みたいに観光客が来ないから静かなんだ。それになにより美味しい。」
「食べたい。」
「でしょ。」

ホテルのフロントにクルマを預かってほしいと告げた。


「電車?」
「うん、せっかく美味しい寿司を食べるんだから、少し飲もうよ。」
「いいわね。」

江ノ電を由比ヶ浜で降り寿司屋への道を歩いた。


「ひょっとして、ここも?」
「ご明察です。」
「うふふ。」

ホテルを出る時より幾分、奈津美の足取りが軽くなっているのに気がついた。

あの小説に出てくる寿司屋、見つけておいてよかった。





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#13 Something like a water ways flow backward again. [リレー小説「はんなり」]

「おいしいよ、このティラミス、ちょっと食べる?」
「うん、ありがとう、大丈夫。」
「ティラミスの意味知ってる?」
「意味?」
「うん。」
「なに?」
「わたしを元気づけてっていう意味なんだよ。」
「へぇぇぇぇ。」
「ティラが引っ張ってで、ミがわたしを、んでスが上にっていう意味。」
「そうなんだ。」
「わたしを上に引っ張ってって意味でわたしを元気づけてって感じ。」
「でもなんで?」
「天気が悪かったり、なんやかんやでオンナって甘いもの必要なときあるでしょ。」
「あるある。」
「それでこんな名前が付いたらしいよ。」

夕方というには遅すぎる午後7時半。

奈津美のオフィスがあるビルの1階にあるコーヒーショップで
「これからお昼食べます、あと30分で閉まっちゃうから。」という情報を仕入れた俺は、
まんまと奈津美とお茶を飲んでいた。

まったく奈津美の会社の人たちはとんでもない時間に食事をするから、大変だよね。
ハードワークで体をこわさなきゃいいけどさ。

「決めた?」
「決めたよ。」
「どんなプラン?」
「松竹梅毒蝮と5段階あるけど、どれがいい?」
「なんですか〜、それ。」

説明した。


○●○

「それで温泉をプランに入れたんだ。」
「まあね。」
「お主もワルのよー。」
「かかか、苦しゅうない。」
「お戯れはお止めくだされ〜、か。」
「別にそれが目的じゃないけどさ、万が一の時、気まずい思いさせたくないじゃん。」
「まぁ、確かに、オンナはあの日だと温泉に入らないからな。」
「ですよ。」
「いざとなって、ゴメン、今日、オンナの子の日なんだってのは、ちょっとね。」
「はい。」

帰宅すると津田に電話をして奈津美の事を話した。

「で、コードネームは?」
「オペレーション・オーヴァーロード。」
「わはは、あのチャーチルが指揮したノルマンディー上陸作戦の名前か。」
「左様。」
「まあ、そのくらい心してかかれって事だな。」
「しかし、万難を排して、石橋を叩いてこわしてもね。」
「人事を尽くして天命を待つってね。」
「天命かぁ。」
「ところで佳代ちゃんの方はどうなの?」
「お魚は網の中って感じだね。」
「おっ、いいじゃない。」
「まあ、こっちはしばらくほっといてもさ、毎日顔を合わせるわけだし。」
「つかず離れず、バランスの取れた距離感、大事だからね。」
「スープの冷めない距離ってヤツ。」
「ほっといてもダメ、かまいすぎてもダメ、めんどくさい生き物だよね。」
「今は奈津美に集中、戦術兵器は海と温泉というわけさ。」
「健闘を祈ります。」
「うむ。」

津田との電話を切るとキッチンへ行きコーヒーを淹れる。

パーコレーターに水を入れ、コーヒーを適量(これが大事なのだ)計り、沸騰すると火を止めた。
生クリームの代わりに牛乳を入れ、マグカップを持ったままベランダへ出て煙草を吸う。
遠くの方で電車の走っている音がきこえる。

奈津美との関係について考えた。

スコット・フィッツジェラルドがグレート・ギャッツビーの中でこんなことを言っている。

「その女にキスし、言葉に表せない自分の夢を彼女のはかない命と永遠に結びつけた時、自分の心が神の心のように思いのままに馳せ回ることが二度とないことを彼は承知していた。」

確かにそうなんだよね、うーむ。

レイモンド・チャンドラーは長いお別れの中でテリー・レノックスにこう言わせていた。

「最初のキスには魔力がある。二度目はずっとしたくなる。三度目はもう感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ。」


秩序は離れて見る場合にのみ存在する、近くによると何事も汚らしい。





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#12 やきもち、まめのき、あめのまち [リレー小説「はんなり」]

「枝豆みたいな人です。」
「枝豆?」
「佳代子さん、枝豆育てたことあります?」
「自慢じゃないけど、小学校の朝顔も咲いたことない。向かないの。・・・それが海に行く美人とどう関係あるの?」
「枝豆って、本当に、ぐんぐん伸びて行くんですよ。本当、屈託なくって感じで。」
「枝豆農家は儲かってるわけだ。」

佳代子先輩の違う顔が見たくて、あえて無視して、続けてみる。

「どんどん伸びてさやを増やして、太陽に向かって・・・追いかけてたら、あっという間に雲の上ですよ。本当に。」

「そんな人です。」
      
「ふうん・・・。」
    
あれれ?

もしかしてちょっと、やきもちですか?その感じ。
何か口数も少なくなっちゃってるし。意地悪、成功?大成功??

佳代子先輩と、渡り合えたりしてる?

これはもう完全に、大人の男に、なったかな。もはやベテランお兄さんではない。
ルーキーおじさんの第一歩を、踏み出したかも。奇しくもここ、銀座で・・・。
    
とか思ってたら、店出るなり、喋る喋る、佳代子先輩。
きっちりリサーチ、してたんですね。枝豆の話、聞いてなかっただけかも。
でもな〜、一瞬ふくれた気が、したんだけどな〜。気のせいってやつですかね。

に、しても、サマになるもん、銀座を闊歩するサマが・・・
     
すこし曇りだして、夏の、雨も宵の匂いがした。

オフィスに帰る頃には、もう、一瞬でも佳代子先輩と渡り合ったとか思った自分を恥じたね。
やっぱり、雨ふりというより、高嶺の花・・・
でも、可愛らしいのは本当だよなあ・・・
おしゃれで知的で洗練されてて。面倒見がいいのに、肝っ玉感とかまるでないし。
こういうの、何て言うんだろう。カッコイイ?大人カワイイ?違うよなあ。。。
      
「ねえ。」
「はい!」
「顔に緊張感がない。」
「適度にリラックスしたほうが、目覚めるんです、クリエイティビティ・・・」
「あ、そう。」
「すみません。嘘です。大人カワイイについて、考えてました。」
「帰宅後に、湯船でどうぞ。」
「はいっ。」
「あのね。」

ひえー。やっぱり、ありえない。大体枝豆にやきもちって・・・

「何でしょう?」
「私ね。枝豆ってきらい。」
     
白い足首が、コピー機の脇を、ぷりぷりぷりぷり、歩いていった。





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#11 人生には雨の日だって必要なんだよ、ね。 [リレー小説「はんなり」]

「枝豆をね、育ててるんだよ。」
「はっ?」
「ベランダでさ、やってるわけ、この季節ビール飲むときの必需品でしょ、買うと高いんだよ、一和600円とかしてね。」
「んで?」
「うん、あれ大豆なんだよね、だから最初はもやし、ひょろひょろっとしててさ、自分で自分を支えられないの、茎が頼りなくて。」
「ほぉ。」
「だから双葉から先が伸びてきた頃に盛り土をしてあげるんだよ茎の周りに。」
「へぇ。」
「そうしてさ、かんかん照りつづいている間はぐんぐん伸びるの、ジャックと豆の木とはよく言ったよ、そんな勢いで伸びるのさ。」
「成長早いんだ。」
「そうそう。」
「で? それが佳代子ちゃんの登場頻度とどんな因果関係がある。」
「そう急くなって。このまま伸びるのばっかりかな、と思っていると、天気だってかんかん照りばっかりじゃないでしょ。」
「そりゃあ、雨だって降るわな。」
「ご明察!曇りの日を境に茎が太くなり始める。」
「そりゃすごいね。」
「大発見だろ。」
「さすが小学生の時なぜか理科だけはいつも5だったやつは違うね。」
「ですよ、この観察力。」

生レモンチューハイってやつを二つ頼んだ。

「だからさ。。。」
「はいはい、わかってますよ。」

半分に切られてるレモンを搾り、チューハイに注ぐ。

「俺にとっての佳代子先輩は曇りなんだよ。」
「奈津美ちゃんとの愛を育むためのか?」
「きっとそうなんじゃないかって、おまえに尋ねられて思った。」
「なんか都合のいい話だな。」

チューハイを一気にグッと飲む、には、入っている氷がでかすぎた。
思わず口の端からこぼれた。

「おいおい子供じゃないんだから。」
「すまんすまん、しゃべるとのどが渇く。」
「ところで、Dデーは海の日か。」
「ばかいってんじゃねーよ。」
「さっき勝負パンツ買ってましたよね。」
「フロスト知ってるか、ロバート・フロスト。」
「ああ、詩人だろ。」
「愛と希求がひとつになって」
「業が命を賭した勝負であるとき」
「初めて行いは真実となる」
「神と将来のために」

愛と希求がひとつになった時、俺は奈津美を腕に抱くんだ。

「でもあれ、野球について書いてるんだよね。」
「おまえ自分で言うなよ〜、感動してたのに。」

明けて月曜日。
ご多分にもれず会社に行くのがかったるい素敵なマンデー。

勝負パンツをはいて出社した。
なぜかって?
サラピンはダサイでしょ、いかにもって感じで。

あの白州次郎だってロンドンのヘンリー・プールで仕立てたスーツを
軒下に何年か吊して、ちょっとよれよれにしてから着てたって言うじゃない。

日本一の伊達男の真似をしないで誰を真似るのさってんでい、べらぼーめ。

「おはよ。」
「おはようございます、先輩、今日もきれいですね!」

今日の佳代子先輩、紺のストライプの入った生成りのTシャツに真っ白の七分丈のパンツは麻ですか?
そこに限りなく黒に見える紺のテーラードのジャケットを羽織って、素足に黒のぴっかぴっかのローファーって、
ポール・ウェラーも真っ青のスタイル・カウンシルなコーデですね。

ちらりと覗く足首にときめきます。

「はいはい、今週は忙しいわよ。」
「わかってますって。」
「ふーん、わかってるんならいいんだけどね。」

あっ、屈まないで、鎖骨の下のその先のまあるいものが見えそうで見えない。。。
ぐぅぅぅぅ、目がつぶれます。

「スポット単価の交渉は媒体を通して局からは内々の返事をもらっています。」
「それで?」
「GRPとアクチュアルの差分については来月以降、請求時に調整と言うことで。」
「まぁ、仕方ないか、ここのところ裏が強かったしね。」
「とはいえ一局買いで指してるわけですし、なんとかもう少し頑張ってみます。」
「いいわ、任せる。」
「っす。」

やべえ、月曜の朝から俺はなにをドキドキしてんだ。仕事仕事仕事。

「今日は外ラン?」
「その予定です。」
「ランチ、ちょっと付き合わない?」
「喜んで。でも、ワリカンですよ。」
「生意気言うわね。。。」
「この間の夜だってご馳走になったし、女性に食べさせてもらうわけには。」
「まだそんなオトコじゃないでしょ?」
「まあ、そうですが。」
「いいわよ。気にしなくていいのに。。。」

銀座に新しい業態の飲食店がオープンしたから市場調査を兼ねてランチを食べようってのが佳代子先輩の提案だった。
さっすがといいたいところだけど、いっつもいっつも仕事中心じゃね、そりゃ、オトコも寄ってきませんわね。

入る隙間ないんだもの。

ワンブロック先まで伸びる列の最後尾について中に案内されたのはそれでも30分ほどだった。
ということは回転がいいのか、食べるのが早いのか、どんなことになっているのかは見てすぐにわかった。
立ち食いなのである。しかも美味い、さらに安い、銀座でこの値段でランチは銀ブラ族にはたまらないよね。

お勧めのランチを頼み、カウンターに佳代子先輩と並んで立つ。
涼しげな目元。やわらかそうなほっぺ。そして意外に肉厚なくちびる。

「ねっ、その彼女、海に行くって言う、どんなひと?」

さあ、なんて答えようかしら。
ちょっと困らせやりたい気もするし。

佳代子先輩の薄く淡い色のマニキュアが施された指先を眺めながら意地悪なことを考えた。





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