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妻と旅した場所をひとりクルマで巡ってるんだよ [旅]

もちろん俺の話ではない。

深夜、スタンドでガスを入れて隣のレーンにいたおじさんと目が合い、なんとなく話がはじまり、
これからどっか行くんですか? と訊ねたら、そんなことを話してくれたのだ。

昨年、妻を亡くしてね。
仕事もリタイヤしたし、妻と旅をしたところをクルマで巡るのがいまの毎日なんだ。

飯なんてなんでもいいんだよ、ひとりだし、スーパーで焼きそばを買ってきてね、それで済ましてる。
このクルマでね、(妻と)あっちこっち一緒に行ったんだよ。

問わず語りにおじさんは話をしてくれた。
見ず知らずの他人だから、なんのてらいもなく話してくれたのかもしれない。

気をつけて、よい旅を。
おじさんと別れた後、これはいったい、しあわせなのか、せつないのか、わからなかった。







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秋篠寺 [旅]

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京都より奈良のほうが好きだ。

自分にとって京都はキラキラしすぎていて、自分磨きと魅力のアピールに余念のない女の人と
一緒にいるような気づかれを感じる。たまにはいいんだけど、何日も過ごすとなるとちょっとね。

一方で奈良は枯れた味わいというか、ありのままでいるので
好きなときにどうぞ、という印象で楽に過ごせる。

京都にそのような印象を受けるのは、たぶん、京都の成り立ちと時の政策との兼ね合いで、
外から人を招くため、少し着飾る必要があったのかなと思う。

奈良が好きと言っても、そんなにあちこちに行ったことはなく、けれど行くとかならず訪れるのは秋篠寺。
敷地に一歩入った時の緑の空気がとても気持ちいい。

秋篠寺を出た後、平城京の草むらを歩き、なんにもしない一日を過ごした。







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【キューバ旅行紀】キューバ・米首脳会談 [旅]

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この10日、つまり今日、パナマで開幕する米州首脳会議でオバマ米大統領と
キューバのラウル・カストロ国家評議会議長が会談する可能性があるらしい。

いろいろと事前の政治的な思惑、に、ついて憶測が飛んでいるけれど、
大戦からこっち、ステイツは世界の警察ヅラをして力を振るってきたけれど、
今回ばかりはキューバにとって良い条件での交渉が進むといいな。

ここはハバナからクルマで30分程度走ったところにあるコヒマル漁港の界隈。
アーネスト・ヘミングウェイの老人と海で舞台となった街。

今年時間があったら再びキューパへ行ってみたいと思っていて、キューバってなんかくつろげるし、
光が素晴らしいし、人も親切で食事も美味しくて、音楽がグルーヴィで、(経済)封鎖をくらってても、
自力で再生の道を突き進む、キューバの人たちの人間力に触れたいと思っとているのだ。





タグ:キューバ
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【ヴェネチア】義務と告白どっちを選ぶ? 素数たちの孤独 [旅]

ヴェネチア


ヴェネチアの街をぶらついた時に感じるパリっぽさって、
自分にとっては嬉しさと悲しみの入り混じった複雑な心境なのだ。

こんな喩えがふさわしいかはわからないけれど、同時に二人の女性と交際し、
そのどちらも目に入れても痛くないほど深く心を砕いている、とする、
そして、どちらか一人の女性を置いて旅に出て、一緒に過ごしている女性との時間が嬉しいのだけど、
他方、残してきた女性を想いそのことばかり考えていて、心ここにあらず、
というような状態を想像すると自分としては理解しやすい。

真夏に行ってもなんとなくシャキッとしない、秋に行こうものなら、
街を歩いているだけで涙が出そうになるパリの雰囲気をヴェネチアには感じるのだ。

イタリア人は陽気だって言うけれど、フランス人だって日本人を見慣れている眼から見れば充分に陽気だと思う。


映画、“ベニスに死す”で音楽にマーラーの交響曲第5番、
それも第4楽章というのはヴェネチアの雰囲気をうまく表現していると思う。
ちなみにこの楽章の表題は“Adagietto”(非常に遅く)だけど、
テンポの指示は“Sehr langsam” (非常に遅く)と記してある。


タイトルの“素数たちの孤独”はイタリア人の手による小説である。
原題も“La solitudine dei numeri primi”とあり、イタリア語をそのまま邦題としている。

幼少の頃にスキーの途中で事故にあい足が不自由になった少女と、やはり子供の頃、
ふとした気の緩みで双子の妹と離れ離れになってしまった少年が出会い、
そこを軸にストーリーは淡々と進んでいく。

一章を終えるごとに、そこで本を置いて一息つくことが難しい展開があり、もし、
手に取る機会があるならそこに注意をして読むことをお勧めします。

物語の中で出くる「義務と告白」という子供同士のゲームなど、いまのイタリアの文化もわかります。


アリスが不思議の国へ行くとき、さあ、これから不思議の国へいきますよ〜、という導入があるから、
我々は不思議の国のアリスをなんら不思議と思わずに読めるのだけど、
あの導入がなければ不思議の国のアリスはドタバタになってしまう。

同じようにヴェネチアへ入るときも、陸沿いに入るより、海から船で入ると
「さあ、これからヴェネチアへ入るぞ」と気持ちに区切りを付けることができてよいと思います。

イタリアから日本へ帰ってくるとサービスはいいし、なんでも時間通りに流れて便利だけど、
こう「悪い女に引っかかった」みたいな、こってりして、騒がしくて、
ハプニングの連続で腹が立つけど、最後は笑わせてくれる国はなんか憎めない。


素数たちの孤独 (ハヤカワepi文庫)

素数たちの孤独 (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: パオロ ジョルダーノ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/06/06
  • メディア: 文庫








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【くじゅう連山】牛ときどき鶏、そして馬、時として猪、たまに鹿。 [旅]

【くじゅう連山】牛ときどき鶏、そして馬、時として猪、たまに鹿。


あたりは真っ暗。

空にはこんな星があるのか、というほどに光の粒が見え、手が届きそうに見える。
昼の日差しとは比べ物にならぬくらい、陽が落ちると肩が震えるほど寒い山の中。

ここは阿蘇山周辺のどこか。

熊本に降りてレンタカーを借り、阿蘇をまわって大分県の日田を通ってくじゅう連山へ向かう途中。

阿蘇山


実はさっき、とんでもなく驚いたことがあって、いま、ようやくほっと一息入れたところです。

阿蘇のワインディングをレンタカーのプリウスで気持ちよく走っていたら、前からクルマが来た(と、思った)、
ところがいつまで経っても対向車が近づいてこない、へんなの、と、思って、スピードを落としてのんびりと走っていたら、対向車がクルマでないことに気がついた。

クルマじゃなかったらなんだ、しかも思ったより距離が近い。目を凝らして、じっと見ると、なんか動いた。
イノシシの目が光ってクルマのヘッドライトに見えたのだ。イヤな予感がしたが、こういうのは当たる。

イノシシが真っ直ぐ走ってくる。しかも息が白い、の、まで見える。
猪突猛進とはよく言ったよ、こういうことなのね、と、感心している場合ではない、
ドライブレンジからバックに入れてアクセルをおもいっきり踏んだ。

バックで全開にしたのなんて生まれて初めてだよ。とにかくあとは必死で走った。

鳥居


そして気が付いたらここにいるのだが、クルマを左に停めて、タバコに火をつけて、ホット一息。

なにげなく左の森の方を見たら、でっかい鹿の頭が見えた、誰だよこんなところに鹿の剥製を置いたのは、
などと言っている場合ではなく、こんなところに剥製置く奴なんていねーよ、本物だった、
だって、動いたもん、しかも(鹿だけに)、目がこっち見た。

今度はその場に凍りついた。

そしたら鹿が出てきて道路を渡った。
その後から鹿がぞろぞろ出てきて、みんなが一列になって道路を渡った。
鹿ってでかいんだね。子鹿のバンビなんて誰が言ったんだよ。

くじゅうの麓で焼き肉


くじゅう連山を少し降りたあたりで焼き肉屋を見つけた。

夫婦二人でやっているそうで、一緒にやっている民宿の食堂も兼ねているみたい。
この民宿、観光客はほとんど来なくて、この辺りの工事に来る人たちが連泊しているらしい。
でも、ふたりとももう歳なので近々店を畳んで隠居するらしい、と聞いた。
なんかもったいない気がするけど、仕方ない、諸行無常也。

馬、牛、鶏とさんざん肉を食べて「ギブ」となっているところへ「肉ばっかりじゃあれだから」と、
漬物の載ったご飯と地元のソウルフードだという、だんご汁を出してくれた。もちろん、
もぉ食べられません、などというわけがなく、美味しくいただき、だんご汁の作り方を教えてもらった。

ロールケーキ


翌日は由布院へ。
名物のロールケーキだけ食べた。

由布院


ここから別府を抜けて、大分空港へ向かう。





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【軽井沢】有島武郎と堀辰雄とロバート・フロスト、点から線につながる作家の言葉。 [旅]

有島武郎記念碑


有島武郎記念碑


有島武郎記念碑


永い永い思い出のみ残る。
今朝は有難う。 兄の熱烈なる諌止にもかかわらず私達は行く。
僕はこの挙を少しも悔いずただ十全の満足の中にある。秋子も亦同然だ。
私達を悲しまないで呉れ給え。 母、子供達の余所ながらお見守りを願う。
僕の著作の印税全部は将来三児にやってくれ給え。
原、吹田、秋田、藤森其他諸兄にも手紙を書くべきだけれども此の際だから略す。兄より宜敷。

山荘の夜は一時を過ぎた。雨がひどく降っている。
私達は長い道を歩いたので濡れそばちながら最後のいとなみをしている。

森厳だとか悲壮だとか言えば言える光景だが、実際私達は戯れつつある二人の小児に等しい。
愛の前に死がかくまで無力なものだとは此の瞬間まで思わなかった。

おそらく私達の死骸は腐乱して発見されるだろう。


有島武郎が、大正12年6月、婦人公論の記者 波多野秋子と軽井沢で心中したときに友達に宛てた遺書の文面。
※一部改行、仮名遣いは勝手に変えています。


軽井沢のちょっと奥の方にある有島武郎の記念碑は、軽井沢へ行くとかならず立ち寄り、手を合わせてくる場所。


或る女 (新潮文庫)

或る女 (新潮文庫)

  • 作者: 有島 武郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1995/05/16
  • メディア: 文庫




軽井沢にちなんだ作家は有島の他に堀辰雄がいる。

小説では昭和七年に「麦藁帽子」、翌八年には「美しい村」を上梓。
ともに軽井沢が舞台となっている。

そして昭和九年、堀辰雄は矢野綾子と婚約。
しかし、翌年の昭和十年に綾子は胸を患い療養所で息を引き取る。
その綾子とのあまりにも短い、けれど限りなく幸せなおもいでを紡んだのが「風立ちぬ」だった。


風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

  • 作者: 堀 辰雄
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1951/01/29
  • メディア: 文庫



「はじまればそれは必ず終わる」と、教えてくれたのは中学の時のピアノの先生だった。

演奏を前にボキボキに緊張していた自分を励まそうとしてかけてくれた言葉だったらしいけど、
その時はなんとなく違う意味に受け止めていた。

旅に行くのは妻との楽しいおもいでをつくるため、と、いうと、ちょっと刹那的でメランコだけど、
どんな状況にあっても、いまを楽しみ、でも、どんな人生にも雨の日はあるけれど、
神が合わせた出会いに感謝して、今日を頑張るのだ。

“Only where love and need are one,
And the work is play for mortal stakes,
Is the deed ever really done
For Heaven and the future's sakes.”

-Robert Frost (Two Tramps in Mud Time)





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【パリ】フランス文学的抽象と深夜の徘徊。 [旅]

深夜のパリ


深夜のパリ


深夜のパリ


深夜のパリ


バリの夜


時差で眠れない夜だった。

コンビニでビールを買って、ひとり、部屋飲みをしても、どうにも眠れない。
眠ろうとして布団を被り、じっとしていてもダメ。ますます目が冴えてくる。
仕方ないからムクリと起きだし、シャワーを浴びて、着替え、夜の街に出た。

まだ8月なのにパリの夜は初秋を通り越していて肌寒い。

オペラ座からコンコルド広場の方へ歩き、ノートルダムから左岸を伝って戻ってくる。
こんな時間だとコーヒーショップも開いてなくて、のどが渇いても自動販売機の一つもありゃしない。
一個あったけどデュラレックスの販売機だった。

 ◯◯◯


どうにもこうにもパリは好きになれないけど、フランスの作家で好きな人は二人いるのだ。

ボリス・ヴィアンとセルジュ・ゲンズブール。

ボリス・ヴィアンなんて、うたかたの日々を読んでぶっ飛び、初めて読んだ時ついていけませんでした。


日々の泡 (新潮文庫)

日々の泡 (新潮文庫)

  • 作者: ボリス ヴィアン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1998/03/02
  • メディア: 文庫



こんな言葉遊びができたらいいなとずっと思っていたのだけど、
真似をするどころか、うわっつらをなぞることもできなかった。

一方、セルジュ・ゲンスブールも、こんな悪い大人になりたいと、
タバコだけは真似してしばらくジタンを吸っていたりしたけれど、
それ以外、ぼくには到底無理です、ごめんなさい、という有り様。

この人達の良さは自分なりにわかるのに、同じ場所へ行けない。
モーツァルトに嫉妬したサリエリの気持ちがよく分かる、かも。

あっ、でもね、フランス車は好きです。

シトロエンはBXのGTiと19TRi、プジョーは205GTIを乗っていたし、
2CVでは12時間耐久レースを走ったこともあるのだ。

そうだ、セルジュ・ゲンスブールの名言にこういうのがある。

女は美しくあれ、そして黙れ。





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【モロッコ】旅の朝は早立ち。 [旅]

カサブランカの駅


モロッコを発つ日、飛行機の時間にうんと早いのだけど、なぜか空港へ行くことにした。
駅で待つ間も、まだ太陽が登りきらず、朝の光が横からくる。ベンチに座りのほほんと待つ。

カサブランカの駅


やがて列車が来て乗る。
早朝なので空いている車内。
外の景色は砂漠。
火星みたいな色をしている。

カサブランカの駅


喉が渇いたので水のボトルを入れておいた妻のバッグを取ろうと棚を見る。
ない。あれれ。


黒のバッグどした?

ほえ?

ホテルを出るときは持ってたよね?

・・・・・・。

駅のベンチか!

ひょえ〜。

あのバッグ何が入ってる?

クレジットカード、健康保険証、免許証に・・・。

わかった、取りに戻ろう。


大したものが入っていないのであればそのままにしちゃおうかと思ったのだが、
そういうわけにもいかない。それに妻はこれから仕事に行くのだ。
出立にあたりケチを付けたくなかったというのもある。

次に停まった駅で列車を降り、車掌に事の次第を告げる。
携帯で直ぐに連絡をしてくれているようで、ホームの反対側で戻る列車を待つことにした。
こういう時に限って駅前にはタクシーが並んでいないのだ。

飛行機の時間もあるし、気が気じゃないが、早めに動いていて助かった。
駅に着き、事務所へ行くと妻のバッグはあった。

あ〜、よかった、助かった。


この事件以来、我が家では旅行に行くとき荷持は二つまでとするルールが制定されました、とさ。

この人達はモロッコで出会った人たち。

カサブランカのタクシードライバー


やたらに面白いタクシードライバーのおっちゃん。

ラバトのタクシードライバー


ラバトの街を案内してくれたガイド兼タクシードライバーの兄ちゃん。


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カサブランカの街でふらっと入ったケバブ屋の人たち。

関西弁のモロッコ人


何故か日本語、そして関西弁のこれから実家へ帰るという駅で知り合った兄ちゃん。








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【パリ】季節を問わず濡れた街。 [旅]

バリの街


実は人に言ったことがない趣味がある。
それは言うと説明するのが面倒くさいから。

きっと「なんで?」って訊かれると思うし、説明するのはいいのだが、
その時の気分によっては説明するのが面倒くさい時もあるから。

こんな枕を振っておいて実は大したことじゃないのだけど、
雨の日の散歩が好きなのだ。土砂降りだとなお良い。

なぜ好きになったのか、と、言うと、たまたま大雨の時に傘を持ってなくて
割と長い距離を歩いたことがあり、濡れるなら泳ぐ覚悟で歩こう、と、
腹をくくって歩いてみたらば、これが、なんと、えっ、これ、はじめてっ、
って、感じでとても気持ちよかったのだ。

以来病みつきである。

雨の散歩用にポンチョも買った。

気持ちいいと感じるのは雨が降っているとマイナスイオンが空気中に大量発生するから、らしい。
この辺り、レナード効果とか諸説あるけれど、未科学の領域なのでオカルトということにしておきます。
多分にマーケッティング戦略上の修飾表現という域を出ないことは否めないし。

そういえばこの人も考え事があるとよく雨の日に散歩する。
誰かというとロバート・B・パーカーの著作、スペンサーシリーズに登場する探偵、スペンサーだ。


初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

初秋 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

  • 作者: ロバート・B. パーカー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1988/04
  • メディア: 文庫



シャルル・ド・ゴールの夜明け


さて、パリである。

旅行へ行ってて乗り換えがシャルル・ド・ゴールだったので途中下車して寄ってみた、と、
そういうことです。友だちがいるので久しぶりに会いたかったというのもある。

なんでも美味いユダヤ料理を食わせてくれるレストランがあるので連れて行ってくれると聞いていたから、さ。

でも、ね、何度来てもこの街は好きになれないのだ。
なんか、こお、気だるい、というか、シャキッとしないのよ、自分は。

そういや昔、パリからミラノまで列車で移動したことがあって、
パリを出てしばらく行くとだんだんと田舎風景になってきて、
途中の駅で行商のおばちゃんがたくさん乗ってきて、
コンパートメントだから嫌でも一緒になって、
挨拶するといろいろ話が弾んで、
しまいにはおばちゃんたちのお弁当を分けてもらって食わせてもらい、
こってりしたつぐみのパテや、
やたらに重量感のある姑から教わった朝焼いてきたのよという自家製パン、
自慢の息子が手塩にかけてつくっているトマト、
これまた自家製の豚のレバーペーストなどで腹いっぱい。

シャルル・ド・ゴール


話が逸れた。

そのパリからミラノに行く列車、国境を超えた途端に光が変わるのだ。
そお、本当に突然、という感じで光が極彩色になるのだ。嘘だと思ったら乗ってみるといい。

妻は別の仕事があり空港で分かれたので、ひとり、町中までタクシーで行く。
そおそお、この、空港から街までのアクセスのしづらさもバリが好きになれない理由の一つ。

地下鉄は階段多いし、バスもなんかかったるくて、結局タクシーで行くことが多い。
大体いつも60ユーロくらいで行ける。

ステーキ


で、なんでステーキを食ってるのかというと、犬のように肉を食うブログを見て食いたくなったから。
というのは嘘です。

別にステーキを食うつもりはまったくなかった、
どちらかと言うと小腹が減ったのでシャレオツなパリのカッフェ
( フランス語の場合アクセントはここだぜべいべー、café )で
午後のティーブレイクという気分だったのだけど、店に入ったら粋なギャルソンが近づいてきて、


ひとり?

そうだよ。

中国人か?

日本人だよ。

日本人の一人は珍しいな。

さっき空港でかみさんと分かれたんだよ。

そうか。。。 なら、肉を喰え、肉を食って元気を出せ。


と、誤解が六階を産んで七階になり、肉を食べました。

自分が言葉足らずで、分かれたを、別れたと勘違いされてしまったのね。





タグ:パリ
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【モロッコ】砂漠の向こうに傾いていく太陽と憧憬の果て。 [旅]

マラケシュの駅


マラケシュの市場でさんざん買い物した我々はカサブランカへ戻るのである。

モロッコの通貨はディルハムで1ディルハムで約10円。
物価としては街中の移動でタクシーが一回(街中だとほとんど距離は関係ないみたい)30ディルハム。

市場でアクアフレッシュと書いてある歯ブラシを買ったのだけどそれが2ディルハムだった。
おみやげに買った革のベルト一本10ディルハム、ストール一本(?)20ディルハム、と、
まあ、こんな感じ。

マラケシュ


一番高かったのがモロッコグラスのセット、最初値段を訊いたら1,000ディルハム
(聞き間違えでなければ)と言われ、
最終的には100ディルハムまで値切ったので、まあ、よしとする。

マラケシュの駅


というか、最初値段をふっかけてくるのは悪意を持ってやっているのでなくて、お互いに愉しむため。
そこのところのメンタリティというかリテラシーがないと、こういうところで買い物は楽しめないと、
思う。

こっちの人、フランス語もしゃべるんだけど、なんか変なところにアクセントのあるフランス語だから、
特に数字とか言う時に聞き取れないことが多かった。

マラケシュ


帰り、列車に乗る前に人々はキオスクやコンビニで大量に飲み物などを買っている。
なんのためかわからなかったのだけど、列車に乗って分かった。途中でラマダンの時間が開けるのだ。

モロッコの列車


その時刻を過ぎたらやっと飲食喫煙ができるので、皆、思い思いのヨーグルトドリンクやバナナ、
ビスケットなどを買い込んでから列車に乗るのである。

沙漠の夕陽


太陽が砂漠の向こうに沈む、車内でなんかのアナウンスがあり、ラマダンが開けたことを告げる。
ほとんどの乗客はコンパートメントの棚においてある食べ物をいっせいに取り出す。

自分はデッキに出てタバコを吸う。
列車のドアを勝手に開け、流れていく景色を見ながら風に吹かれるのは気持ちいい。

と、話しかけられた。

お前もラマダンだったのか?

違うよ。

どこから来た?

日本だよ。

どこにある?

アジアの端。

モロッコはどうだ?

ご飯が美味くて、女が綺麗だ。

そうだろう、2〜3人連れて帰れよ。

無理だよ。

わはは。

なはは。


グレート・ギャッツビーでスコット・フィッツジェラルドはこう書いている。

“He knew that when he kissed this girl,
and forever wed his unutterable visions to her perishable breath,
his mind would never romp again like the mind of God.”

(この女にキスし、言葉に表せない自分の夢を彼女のはかない命と永遠に結びつけた時、
自分の心が神の心のように馳せ回ることが二度と無いことを彼は承知していた。)


同じようなことをレイモンド・チャンドラーは長いお別れの中で
テリー・レノックスにこう言わせている。

「最初のキスには魔力がある。二度目はずっとしたくなる。
三度目はもう感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ。」





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