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時計の針が戻るとき [日々]

どーも歳のせいか(そうは思いたくないのだが。。。)涙もろい時がある。
感受性がつよいともいうらしいのだけど、感受性がつよい利点はさておき、デメリットはというと。

空気を読みすぎてしまう時がある、読むというか肌に痛いほど感じるのだ。
そうなると一言も発せず、ただ、ただ、臆病に佇んでいるように傍からは見えると思う。

読むというのは理解に近いと思うのだけど、理解する人間は行動できない。
凝視は人の内面資産を凍結してしまう。

人の眼に眺められると不動の塩の像になってしまうという挿話が旧約聖書にあるけれど、
あれは内省の視線の行方を的確に捉えていると思う。

開高健はこう言っている。
“あらゆる義務の感情のうちで、とりわけ誰に要請されたのでもなく、
自分が自分に課した義務の感情こそ抗い難く深く、そして捉えにくいものではあるまいか。”

T.S.エリオットの、

四月は一番残酷な月
死んだ大地からライラックを育て
記憶と欲望をまぜ合わせ
春の雨で鈍い根を掻き立てる

この詩がなんとなくわかるような気がした。








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JUNKO

会合の最中でも涙もろさがもろに出てきてまいることがあります。どうやら年齢的な限界のようです。
by JUNKO (2016-05-20 21:02) 

きりきりととと

JUNKOさん、どーも歳を取るといけませんね。

by きりきりととと (2016-05-22 20:43) 

リュカ

これからどんどん涙もろくなっちゃうのかしら。。。
ただでさえすぐホロリなのに。
by リュカ (2016-05-23 10:47) 

きりきりととと

リュカさん、そうなるかと思うと、ちょっと心配ですね。

by きりきりととと (2016-05-28 14:20) 

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